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監査人としての芸術鑑賞の勧め

2026.05.11

はじめまして、昨年度入所しました篠田です。

我々監査人は論理、法規、数値といった極めて「左脳」を酷使する世界に生きています。そんな世界と対極にある芸術という「右脳」を刺激する正解のない世界に一歩足を踏み入れてみるのはいかがでしょうか。
昨今のAIの進化により、監査業務は効率化・高度化が急速に進んでいます。多くの監査業務が自動化される時代に求められるのは「人間ゆえの監査能力」です。
そうした力を鍛えるうえで、実は有効なのが「芸術鑑賞」です。一見、単なるリフレッシュと思えるかもしれませんが、芸術鑑賞は監査人にとって重要な能力を磨く訓練になります。

1、芸術鑑賞により得られること

1)多層的な観察力

​監査の本質は、表面的な数字の裏にある実態を見抜くことです。
優れた監査人は単に数字や資料を追うだけでなく、職場の空気感や整理整頓の状況、経営者や現場担当者の語り口といった非言語情報からクライアントの統治状態を把握します。
芸術作品には構図、色彩、人物の視線、背景といった多くの情報が込められており、それらを意識的に観察することで、表面的な理解を超えて深く観る力が鍛えられます。
監査の現場では与えられた情報を鵜呑みにせず、しっかり検証する必要があります。
芸術鑑賞により、こうした職業的懐疑心のより高度な次元での発揮に繋がります。

2)違和感を察知する美意識

AIは過去の不正パターンを学習しますが、人間が悪意を持ち意図的に仕組んだ全く新しいパターンの不正は検知されない可能性があります。
「データ上は正しいが、何かがおかしい」
この言語化できない違和感こそが、不正発見のきっかけとなり得ます。
芸術作品の中にはあえてバランスを崩し、不自然さを表現しているものが多くあり、それらに触れることで自らの美意識により測った場合のズレに敏感になります。
多くの優れた作品に触れ、内なる真善美の判断基準を磨くことで、監査人の直感的リスク検知能力が鍛えられます。

3)信頼を得るための教養

芸術作品は美しさだけではなく、時代背景や価値観を反映します。
歴史・文化・宗教・哲学と密接に関わっており、特に古典的な作品にはそれらが凝縮されています。
世界のエリートが集まる社交の場でのコミュニケーションにおいては、ビジネスの核心に入る前に、相手の人間性や知性を推し量る対話が度々行われます。
芸術への深い理解は信頼に値する人間としての教養を証明する要素の一つとなります。
経営者と対等に渡り合い、信頼関係を築くためには、単なる専門知識だけでなく、幅広い教養が不可欠です。
芸術鑑賞は、信頼に値する人間に必要な風格を監査人に与えてくれます。

2、芸術作品の見方

芸術鑑賞に正解はありませんが、美意識を鍛えるトレーニング方法としてVTS(Visual Thinking Strategies)を紹介します。
グローバル企業の幹部候補が通うビジネススクールでも取り入れられているVTSですが、一言で言うと「よく見て、理由を考えて、アウトプットする練習」です。

・細部に注目する
人物の表情、配置、色使いなど、気になる部分を観察します。

・なぜそう感じたかを考える
違和感や魅力の理由を考えることで、思考力が鍛えられます。

・言語化しアウトプットする
対話を通じ他者の意見を聞き視点を変えていきます。

ビジネスや日常生活で陥りがちな「パターン認識(見た瞬間に分かったつもりになること)」を解除する訓練として、芸術鑑賞は非常に有効であり、職業的懐疑心の保持に役立ちます。

監査人としての芸術鑑賞の勧め

ワシリー・カンディンスキー 「コンポジション VIII」 (1923)

 

3、おすすめの芸術作品

1)モナ・リザ

レオナルド・ダ・ヴィンチによるこの作品は、世界で最も有名な絵画の一つです。
見る人によって変わって見える曖昧な表情が最大の特徴です。
誰もが知っているであろうこの作品ですが、細部までじっくり観察したことはないのではないでしょうか。
そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの人物像や技法、時代背景を知った上で見てみるとまた見え方が変わってくるかもしれません。
正解を求めずに自分自身の感性に向き合い多角的な視点や思考力を養ってください。

https://artmuseum.jpn.org/mu_monariza.html

2)アヴィニョンの娘たち

パブロ・ピカソによるこの作品は、従来の美の概念を覆したキュビズムの最高傑作です。
先ほど紹介したモナ・リザは遠近法が使われ人物が自然に見えるよう描かれています。
対してアヴィニョンの娘たちは、人物の形が歪んでおり、多視点から見た姿が無理やり一枚の絵に収められています
一見すると違和感だらけですが、その違和感こそが意図された表現なのです。
監査においても当たり前を疑う姿勢は非常に重要であり、現代アートは常識に疑問を持つ力を養うのに最適です。

https://artmuseum.jpn.org/mu_avinyon.html

3)Google Arts & Culture

作品ではないですが、実際に美術館に行く時間がなくても、オンラインで世界中の芸術作品を鑑賞できるプラットフォームであり、忙しい現代人にとって非常に便利なツールです。
セキュリティ上接近して観察できない有名作品も高解像度で細部まで観察できます。
監査の場合も同様に、オンラインツールが発達した時代でもクライアント先に往査することは非常に大事ですが、機会はそう多くありません。
実物を観に行く機会に得られる価値を最大化する為にも、こうした便利ツールを使わない手はありません。

https://artsandculture.google.com/?hl=ja

今回は絵画を中心に据えてきましたが、芸術作品は建造物や音楽、文学など様々です。
多様な芸術作品に触れることで異なる刺激が加わり、より一層感性が磨かれ、思考の深さ、幅広い教養に繋がります。
それはきっと、監査の質を一段引き上げるきっかけになるはずです。
もし興味が湧けば是非、日常の中に少しだけアートを取り入れてみてください。